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東京高等裁判所 昭和55年(ラ)944号 決定 1980年10月09日

抗告人

高木正雄

右代理人

川崎友夫

外四名

相手方

小林英子

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨は「原決定を取消し、本件を浦和地方裁判所に差戻す。」との裁判を求めるにあり、抗告の理由は別紙記載のとおりである。

よつて、審案するに、抗告人の主張するところは、要するに、家事審判によつて婚姻費用の分担を命ぜられた者がその相手方を被告として婚姻費用分担義務不存在確認訴訟を提起した本件のような場合には、該家事審判と確認訴訟との関係は、確定判決と請求異議訴訟との関係に擬せられるべきであるから、昭和五四年法律第四号による改正前の民事訴訟法(以下単に「民訴法」という。)五四七条の準用により、右確認訴訟の本案判決あるまで家事審判に基づく強制執行の停止を命ずることが認められるべきであるというにあると解されるが、当裁判所も原審と同様、抗告人の右主張は到底これを採ることができないと判断するものであつて、その理由は、左のとおり附加するほか、原決定の説示するとおりであるから、これを引用する。

抗告人は、強制執行停止に関する民訴法上の規定は法定の場合以外にも、実体的具体的考量判断のもとにおいて準用すべき場合があるのであつて、本件のような婚姻費用の分担を命ずる家事審判は、その前提となる実体的婚姻費用分担義務の存否については、憲法上保障された公開、対審による裁判が未だ行われておらず、家事審判後にも右分担義務の存否を争い通常訴訟による解決を求めることが認められているのであるから、本件のような場合にこそ強制執行停止という民訴法上の応急処分が必要とされるのであり、しかも、婚姻費用分担義務不存在確認訴訟において、分担義務の不存在が確認された場合には、婚姻費用の分担を命ずる家事審判自体がその成立の基礎を失ない当然にその執行力を失なうのであるから、前記確認訴訟は該家事審判の効力を争いその執行力の排除を求めるという請求の趣旨を含んでいるとみるべきであり、それが確認訴訟であるとの一事を以て民訴法上の強制執行停止の規定の準用を否定すべきではない旨主張する。

本件のような婚姻費用の分担を命ずる家事審判の確定後においても、該家事審判の前提をなす婚姻費用分担義務の存否につき通常訴訟による解決を求め得るものと解すべきことは所論のとおりであるけれども、本件の場合には、抗告人において該家事審判に対して直接にその執行力の排除を訴求するものではなくして、単に該審判において分担を命ぜられた婚姻費用分担義務が実体上存在しないことの確認を訴求しているにすぎないものであり、前記家事審判と右確認訴訟とは別個の制度にそれぞれその基礎を置くものであつて、後者において婚姻費用分担義務の不存在が確定されたからといつて当然に前者の執行力が失なわれるものではなく、また後者が前者の効力を争いその執行力の排除を求めるという請求の趣旨をも含んでいるとは到底解し得ないところである。従つて、本件のような場合にまで民訴法上の強制執行停止の規定を準用ないし類推することは、債務名義成立後における執行手続と債務者の救済手続との間隙を調整するための制度として設けられた強制執行停止制度の趣旨を逸脱するものであつて到底許されないというべきである。所論は採用することができない。

よつて、抗告人の申立を却下した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(杉田洋一 中村修三 松岡登)

〔抗告の理由〕

一、抗告人は浦和地方裁判所に対し、相手方に対する同裁判所昭和五五年(ワ)第六〇九号婚姻費用分担義務不存在確認請求の訴の提起に伴い、東京家庭裁判所昭和四八年(家)第三四九六号婚姻費用分担事件の昭和五三年三月二三日付家事審判に基づく強制執行につき民事訴訟法第五四七条の準用によるその執行の停止を求めた(浦和地方裁判所昭和五五年(モ)一一二二号)が、これに対し、浦和地方裁判所は右法条の準用を否定し申請を却下した。

二、浦和地方裁判所は右の理由として民事訴訟法の執行停止に関する規定は、その性質上法定の場合以外にみだりに準用・類推することは許されないこと及び婚姻費用分担義務不存在確認請求の訴において同義務の不存在を確認する終局判決がなされても、それによつて婚姻費用の支払を命ずる家事審判における債務者が違法若しくは不当な執行から救済され得ないことを挙げている。

三、しかしながら、法定の場合以外において民事訴訟法第五四七条の準用を認める判例(大阪高決昭和三八年四月八日下民集一四巻四号六八四頁、任意競売につき債権及び根抵当権不存在確認並びに根抵当権設定登記抹消請求の訴を提起し競売手続の停止を求めた事例、等)を挙げるまでもなく、強制執行停止に関する民事訴訟法上の規定についても実質具体的考量、判断の下において準用すべき場合があることを否定し得ない。

そして本件のような家事審判は、その性質においてあくまで実体的婚姻費用分担義務の存在を前提として成立しているのであつて、右分担義務の存否については憲法上保証された公開・対審による裁判が未だ行われておらず、又それ故に家事審判終了の後においても右分担義務の存否を争い通常訴訟による別訴を提起することが認められているのであるから、本件のような場合には正に、原審浦和地方裁判所がその理由中に述べる「債務名義成立後において、執行手続と債務者の救済手続との間隙を調整するため」の強制執行停止という民事訴訟法上の応急処分が必要とされるのである。

又、付言すれば、本件のような場合につき民事訴訟法家事審判法等に強制執行停止を認める規定が存しないのは、本件のような給付を命ずる家事審判については、その前提たる実体的権利関係の存否を争う別個の通常訴訟手続が保証されなければならないということを法が予想し得なかつたからであり、このことは、民事訴訟法上の強制執行停止に関する規定が本件のような場合には積極的に準用されるべきことを示唆するものと考える。

四、前述したように、本件家事審判は実体的な婚姻費用分担義務を前提としてその具体的内容を定める処分なのであるから、右分担義務の不存在が別訴の終局判決において確認された場合には家事審判自体がその成立の基礎を失い当然に執行力を失うものと言わざるを得ず、ここに至つても、なお別訴終局判決が右分担義務の不存在を確定するだけのものであつて家事審判には何ら影響を与えないとするのは余りに家事審判とその前提権利義務関係との関連を無視し、実情と乖離した、法理論と言わざるを得ない。

言換えれば、給付を命ずる家事審判に対して、その前提たる実体的権利義務の不存在を主張し通常訴訟による別訴を提起することは、右家事審判が実体的権利義務を基礎にその具体的内容を定める処分であることからして、右家事審判の効力を争いその執行力の排除を求めるという請求の趣旨を含んでいると考えるべきなのである。原審は、通常訴訟における給付判決とその基礎たる請求権の不存在確認判決との関係を想定しているのであろうが、その場合には、給付判決のうちに公開対審手続を経た請求権存否への判断が含まれているのであつて本件の場合にはあてはまらないと考える。

又、請求異議の訴の性質について、債務名義に表示された実体法上の請求権の不存在という実体上の給付義務の消極的確認を求める訴であるとする考えも有力であり、既に繰返し述べてきたような本件家事審判と婚姻費用分担義務不存在確認の訴との関係を考慮すれば、本件が債務不存在確認の訴であることの一事をもつて執行停止制度の準用を否定する理由とすることは当を得ない論理であると考える。

五、よつて抗告の趣旨記載の裁判を求めて本件抗告を提起する。

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